AI_ML_DL’s diary

人工知能、機械学習、ディープラーニングの日記

グラファイト系材料とナノ粒子のXPSスペクトル(2021年9月14-16日)

Pt/CのXPSによる分析・評価・解析の記事を読んでいて、気になったことがある。

1.グラファイト系材料のXPSスペクトルの正しい解析方法がわからない。(解析方法が間違っているのではないかと思われる論文が複数認められた。)

2.ナノ粒子のXPSスペクトルは、粒径によってピーク位置が高エネルギーシフトすることと、基板との相互作用によってもピークシフトする可能性があるために、両者を切り分けて解析しなければならないが、どうすれば良いのか。

 

グラファイト系材料のXPSスペクトルの解析における問題点

XPSスペクトルに含まれる情報を正しく把握することによって、材料の特性との関係をより正しく把握することができる。燃料電池の酸素還元触媒の性能に大きく関与している炭素材料であるが、動作中には電子輸送経路としての役割があり、電子密度や電子伝導性はC 1sスペクトルの高エネルギー側のテールの大きさと相関があるので、触媒の初期状態だけでなく、C 1sスペクトルの高エネルギー側のテールが、信頼性試験の評価指標の1つとして使えるのではないかと考えている。

導電性が高いグラファイト系材料は、1sの結合エネルギーが284.2 eV付近にあり、スペクトルの形状は非対称で、高エネルギー側にテールがある。(テールは伝導電子のシェイクオフやプラズモンやπ電子のシェイクアップによって生じている:個人的見解)

グラファイト系材料と言わずに、個々の物質名を示してみよう。これらを正しく識別できることから始めなければならないくらい、複雑に絡み合っているところがある。触媒粒子を担持することによってこれらの材料はなんらかの変化をしているはずであり、触媒として動作させればさらに変化するはずである。

高配向熱分解グラファイトHOPG、炭素繊維グラファイト黒鉛)、ケッチェンブラック、グラッシーカーボン、グラフェン、多層グラフェン(薄膜グラファイト)、粉末グラフェンナノチューブ、多層ナノチューブフラーレン、ダイヤモンドライクカーボン(無定形炭素)、・・・。

ナノチューブは導電性の程度によってテールが異なる。フラーレンは集合状態によってシェイクアップサテライトが異なる。電子密度やプラズモン密度等が異なれば、テールの形状は異なる。

以下に、グラファイト系物質のC 1sスペクトルの例を示す。最初に示す文献では、サテライトを正しく解析評価するための方法が詳細に説明されている。

以下のスペクトルは、炭素100%の材料である。あくまでもスタート時点の材料の特性がC 1sスペクトルに反映されたものである。

触媒を担持すればどう変化するか、触媒として作用させればどう変化するか、耐久性試験中にどう変化するか、調べることができれば、正しく解析すれば有用な情報が得られると思われるが、酸素やフッ素など様々な元素が共存することになるので、サテライトピークに、ケミカルシフトが重なって、解析は困難を極めることになるかもしれないが、少なくとも正しく解析する方法を知らないことによって、誤った解釈につながってしまうことだけは避けたいものである。サーベイ(ワイド)スペクトルは必須であり、ナロースペクトルはサテライトを含むこととバックグラウンドを正しく差し引くに十分な領域を含むことが重要である。

 

Practical guides for x-ray photoelectron spectroscopy (XPS): Interpreting the carbon 1s spectrum, T. R. Gengenbach et al., J. Vac. Sci. Technol. A 39, 013204 (2021)

f:id:AI_ML_DL:20210914233003p:plain

f:id:AI_ML_DL:20210914233052p:plain

f:id:AI_ML_DL:20210914234128p:plain


C ore-level XPS spectra of fullerene, highly oriented pyrolitic graphite, and glassy carbon
J.A. Leiroa et al., Journal of Electron Spectroscopy and Related Phenomena 128 (2003) 205–213

f:id:AI_ML_DL:20210914233708p:plain


次は、ナノ粒子のXPSスペクトルの例

まず、粒径によって光電子スペクトルのエネルギーが変化することを知らなかった。(忘れてしまっていただけかもしれない。)

Size dependence of core and valence binding energies in Pd nanoparticles: Interplay of quantum confinement and coordination reduction, I. Aruna et al., JOURNAL OF APPLIED PHYSICS 104, 064308 2008

TEMによる形状観察:カーボンコートした300メッシュのTEM用グリッドに直接蒸着により形成:

f:id:AI_ML_DL:20210915121738p:plain

このTEM像から、Pdの平均粒径は、6 nm, 11 nm, 20 nmと見積もられた。Pd粒子が孤立しておらず、下地が殆ど見えなくなるくらいまで隙間なく埋め尽くされているのは、著者らが意図的に行ったことである。

XRDによる結晶性・原子間距離・粒径の評価:ガラス基板上に形成

f:id:AI_ML_DL:20210915122134p:plain

回折角2θが粒径が小さいほど大きくなっていることに着目し、格子パラメータが計算されている、大きい方の粒子からそれぞれ3.906, 3.900, 3.894となっている。同様の現象はAu, Ni, Sn, Biなどのナノ粒子でも認められているとのことである。

Auのナノ粒子では、バルクの格子定数に対して、4 nmでは0.7%, 1.6 nmでは1.4%、格子定数が小さくなっていることが報告されている。
格子の有効ひずみ η をWilliamson Hallの式を用いて評価すると(上に示したFig.2(b))試料N1の有効ひずみが最も大きいことがわかった。

この格子ひずみは、光電子ピークのエネルギーシフトの原因となっている可能性がある(引用文献9)。

XPSスペクトルによる結合エネルギーの評価:ドープしたSiウエハを基板に用いることでチャージアップを抑制:エネルギーシフトと粒径の関係を調査:

f:id:AI_ML_DL:20210915135230p:plain

このN1, N2, N3に対するサーベイスペクトルには、Pdに起因するスペクトルしか検出されていない。基板に用いたSiも検出されていない。Siが全く検出されていないのは検証が必要だが、N1は平均粒径が6 nmということなので、粒子の境界付近はもっと薄いはずで、そうすると、非弾性散乱を受けずに透過してくるSi 2s, Si 2pなどの光電子が、検出されてもよさそうに思うのだが、・・・。

ようやく、Pd 3dとPd 4dのナロースペクトル:

f:id:AI_ML_DL:20210915145123p:plain

粒径が20 nm, 11 nm, 6 nmと小さくなるほど、結合エネルギーは高エネルギー側にシフトしている。同様な現象は、Au, Ag, Ni, Cuナノ粒子についても報告されている。

さらに、そのシフト量は、粒径の20 nm, 11 nm, 6 nmに対して、Pd 3dでは、0.1 eV, 0.3 eV, 0.6 eVであるのに対し、Pd 4dでは、0.4 eV, 0.6 eV, 0.7 eVとなっており、内殻の3dよりも価電子の4dの方がシフト量が大きいことがわかった。

他の軌道に対しても調べた結果:

f:id:AI_ML_DL:20210915162319p:plain

これらの結果をlog-logプロットした結果:

f:id:AI_ML_DL:20210915162503p:plain

この結合エネルギーの粒径依存性を、粒径が小さくなり、ひずみが増え、格子定数が小さくなることに対して正の相関がある、量子閉じ込め効果と配位数減少効果の2つの効果に分けて考える。量子閉じ込め効果は粒径の2乗分の1に比例し、配位数減少効果は粒径の逆数に比例することから、粒径がさらに小さくなると、結合エネルギーの変化量は価電子よりも内殻電子の結合エネルギーの方が大きくなる。その逆転が起きる粒径が上に示したFig. 6の縦の点線で示すlog(4.4)=0.64すなわち4.4 nmの粒径である。

それを示したのが次のFig. 7である。

f:id:AI_ML_DL:20210915164308p:plain

図の左側に価電子準位4dのピークのエネルギーシフト、右側に内殻準位3d3/2のピークのエネルギーシフトがプロットされている。

6 nmと4 nmの粒径の間を境にして、4 nmより小さい粒径では、量子閉じ込め効果が優勢になることによって、内殻準位3d3/2のエネルギーシフトの方が、価電子準位4dのエネルギーシフトよりも大きくなっている。

(量子閉じ込め効果と配位数減少効果によって、結合エネルギーがシフトするとのことだが、理解できない。あとで調べてみよう。)

結合エネルギーが高エネルギー側にシフトすることの他に、Pdの価電子と内殻電子スペクトルのFWHMの変化が観測されている。4d価電子帯と4p, 4sの外殻電子のスペクトルのFWHMは減少し、3s, 3p, 3dなどの内殻電子のスペクトルのFWHMは大きくなっている。前者は、粒径が小さくなると配位数が減少することが原因となっている。さらに前者のスペクトルはFWHMの減少とともに、ピーク近傍の形状が丸くなっており、その原因は、長距離秩序の減少によるものと考えられている。内殻電子のスペクトルのFWHMが粒径減少によって大きくなるのは、表面原子の割合の増加によって、フェルミレベル近傍における局在非占有d状態の増加が関係しているようである。

それぞれの原因について正しく理解するには、現論文にあたる必要がある。

ナノ粒子のサイズ効果でスペクトルのエネルギーもFWHMも変化するということだけは覚えておこう。

 

量子閉じ込め効果と配位数減少の物理化学的意味を理解しよう。

An extended ‘quantum confinement’ theory: surface-coordination imperfection modifies the entire band structure of a nanosolid, Chang Q Sun et al., J. Phys. D: Appl. Phys. 34 (2001) 3470–3479

次の図は、配位数CNと結合距離Ciとの関係:原子の配位数CNが12の場合、最表面原子層の真空側の結合手の4つに対しては相手原子が存在しないので配位数CNは8となり、配位数の減少によって、結合距離(最表面層との距離)が約3%収縮する、ということになる。ナノ粒子のサイズが小さくなるほど表面原子の割合が増加するので、配位数の減少の割合が大きくなり、平均結合距離は短くなる。この現象は低エネルギー電子回折や低エネルギーイオン散乱、さらには収差補正電子顕微鏡観察などによって定量的に観察されている。

f:id:AI_ML_DL:20210916231105p:plain

XPSについても原理的なところをもっと深く理解する必要がある。

The interpretation of XPS spectra: Insights into materials properties
P. S.Bagus et al., Surface ScienceReports68(2013)273–304

30ページくらいあることと、内容が深くて、わかりやすく表現するには時間が足りないので、これで終了する。

 

f:id:AI_ML_DL:20210914094200p:plain

style=172 iteration=500